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大阪発のびっくりするような事件が報道されました。


大阪府立高校の生徒が、生まれつき茶髪であるにもかかわらず、学校側から毛染めを強要され、さらには、毛染めにより頭皮はかぶれ、皮膚はぼろぼろになったんだとか。


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事の真偽は現在裁判で係争中なのではっきりしたことはわかりません。


ただ、この記事で報道された内容を前提に学校の秩序をどのように作り出し、維持していけばいいのか、報道に直観的に反応するだけじゃなく、もう一歩進んだ観点で検討してみたいと思います。

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府立高校髪染め強要事件の概要

10月27日付けの毎日新聞の記事によると、事件の概要は以下のとおりです。

今から2年半前(2015年)に大阪府の羽曳野市の府立懐風館高校に入学した女子生徒は、生まれつき髪の毛が茶色でした。

学校では茶髪を強く禁止していて、茶髪に染めた生徒には黒く染め直させる指導を行っていました。

そこで、この女子生徒の母親は、女子生徒の茶髪は地毛なので指導の対象にはしないで欲しいということを、入学前から学校側に申し入れていたとのこと。


しかし、学校側は入学後すぐに黒染め指導を開始。


最初は1,2週間ごとだったのが、2年生の2学期の中頃からは、4日に一度のペースになったとか。


度重なる黒染めにより、女子生徒の頭皮はかぶれ、髪はぼろぼろに。


さらに、学校の先生からは、

「母子家庭だから茶髪にしてるのか」
「黒染めしないなら学校に来る必要はない」

と言われたり、

文化祭や修学旅行には茶髪を理由に参加させてもらえない

などの中傷や行き過ぎた指導を受けていました。


せのせいで女子生徒は、2016年9月頃から登校拒否に。


これら一連の学校側の黒染めの強要により、女子生徒は精神的苦痛を受けた、ということを理由に府側を訴えた。


というものです。

世論の生の声は?

新聞やテレビニュースで大々的に扱われたこの事件…


世論の生の声ってどんな感じなんでしょうか。

学校側の指導に批判的な意見、行き過ぎた批判には慎重になるべきという意見、学校側の対応に一定の理解を示す意見とに分けて紹介します。

反対派の声

反対派の声を大きく分類すると次の2つの視点に整理できます。


・髪の毛の色を自由に決定できる権利の侵害だ!

ととらえるのか、

・生まれつき特定の体質である生徒への差別だ!

ととらえるのかです。


この事件の報道を前提とするなら、生まれついた体質を矯正させるようなものですから、差別的な要素が強いのかな、というのが僕の印象です。









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慎重派・支持派の声

一方、学校側の指導を批判することに慎重な意見もあります。

裁判で学校側の反論や、これから出てくるであろう学校関係者(生徒とか保護者とか)の話を総合しないと「なんとも言えないよね」というのが現時点での大人の対応ではないだろうか。
マスコミの興味本位の第一報で、すべてを判断するのは危険だ。

出典:https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20171106-00010009-agora-soci


慎重派の代表的なものがこれ。


今の段階では「なんとも言えないよね」というのは、まぁ、そりゃそうです。

そりゃそうなだけに、それはそれで議論がストップしちゃいます。


できれば、ここから一歩でも二歩でも議論を進めて、報道の真偽はどうであれ、提訴にまで至った事件が起きているのは事実ですから、その解決につながる糸口を見つけたいですよね。



そこで、議論を深めていくために、学校側に一定の理解を示す見解も紹介します。

それが元大阪府知事だった橋下氏の見解。

橋下氏の見解をまとめると以下のようになります。
(以下は橋下氏の有料メルマガ『橋下徹の「問題解決の授業」』の要約です。)

  • 生まれつきの髪の色はそのまま認めるべき、という考えを前提とした上で
  • 報道の真偽は別として、現場としては、もし生まれつきの茶色はOKだとしてしまうと、生徒や保護者が嘘をついてまで「自分(この子)は生まれつき茶色だ」と言ってくる懸念がある
  • 指導が大変な学校では、そのような子供や保護者が多くいるということも大阪の現実
  • そして、大阪の荒れた学校で、子供の非行と髪の茶色がリンクしていることも間違いない事実
  • 荒れた学校での指導方法の要は、髪の色と服装を正すことと挨拶の徹底から
  • 市長としても西成の環境改善に力を尽くし、結果も残したが、それはニューヨーク市を立て直したジュリアーニ元市長の「割れ窓理論」の考え方を踏襲したもの
  • 治安改善のためには、まずはゴミのポイ捨てと落書きを徹底してなくすという細かなルール遵守の積み重ねが必要
  • 荒れた大阪の学校にもこの割れ窓理論は当てはまる
  • つまり学校の環境改善のためには、生徒1人1人の細かな遵法意識を高めていかなければならない
  • 遵法意識という点では、たとえ生まれつき茶髪であっても、さらに染めるというのはダメ
  • 今回の事案はその点どうだったのか?

というものです。

一見すると、生まれつき髪の色の毛染めも支持するかのように見えますが、よく読むとそこまでのことは言ってません。

・生まれつき茶髪であっても、さらに染めるというのはダメ

ということまでです。


ただ、学校現場の状況から、生まれつき髪の色の毛染めも是とせざるをえないような論調ではあります。

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”場”の理論と毛染め問題

僕としては、この問題に対する反対派の意見も、学校側の対応に理解を示す意見も、全部が正しいわけではないと感じています。

それぞれに正しい部分はあるけれど、問題の解決にはつながらないのでは、と思うんです。


まず、橋下氏が主張する「割れ窓理論」の考え方は、そうだろうなと思います。


例えば、あなたが神社やお寺を訪ねたときに感じるあの空気感。


それぞれの”場”特有の空気感があります。


あれってやっぱり整然と整えられた”場”が作り出す空気なんですよね。


そして、あの空気感は、神社やお寺で遵守される小さなルールの積み重ねによって作り出されています。

小さなルールっていうのは、住職さんや宮司さんが早寝早起きして朝から境内をきれいに掃除してるとか、手水舎でのルールとか、二礼二拍手とか…

目には見えない小さなルールも含めて、トータルであの”場”が作り出されてるんです。

いわば人工的に作り出されたパワースポットですね。

これを”場”の理論と呼びましょう。


割れ窓理論の根っこも神社やお寺で遵守される小さなルールの積み重ねと同じです。

ゴミをポイ捨てしない、落書きをしない、違法駐車をしない、信号無視をしない…

こうした小さなルールの遵守が秩序だった”場”を作り出します。


さすがに、ニューヨークという大都会で、神社やお寺ほどの空気感を作り出すことはできませんが^_^;



で、この”場”の理論は、あらゆる場所に当てはまります。

まぁ、ニューヨークほどの大都会で当てはまったんですから、当然ですね。

会社、地域、家庭… もちろん学校も。


なので、学校を秩序だったものとするために、小さなルールを遵守させるという指導方法は必要です。


ただ、守るべき小さなルールの設定は、あくまで生徒各人がコントロールできる範囲のものじゃないといけません。

生まれもった身体的特徴を矯正するようなものは、そもそもコントロール出来ないのでルール設定の中に入れちゃいけないんです。

そういう意味で、もし今回の報道が真実であるとすれば、ルール設定の仕方を学校が間違えています。


「割れ窓理論」で言う、ゴミのポイ捨て、落書きなど、当人が選択的にコントロールできるものと、生まれもった身体的特徴という、当人ではコントロールできないものとは本質的に異なります。

だから、おなじ「割れ窓理論」のなかで整理してはいけないということ。



一方で、「生まれつき茶色なので」という理由を許容してしまうと、それに便乗してくる生徒や保護者がかならずいるので、それでは収集がつかない、という反論もあるでしょう。


でもそれはもうしょうがないです。


便乗してくる生徒や保護者に混じって本当に生まれつき茶髪の生徒が存在する可能性がある以上、生徒側がそう申告してくるなら学校は受け入れるしかありません。


その代わり、

生徒各人がコントロールできるようなルール設定に工夫したり、そのルールを徹底的に遵守させるようにすればいいんです。


たしかに、毛染めと非行とが全くリンクしないことはないでしょうし、

”場”の秩序を作り出すために、髪の毛の色の影響は大きいでしょうけど、必須ではないですから。



トイレの清掃、教室の清掃・整理整頓、黒板の消し残しのなさ、あいさつ、制服など、場の空気に大きく影響を及ぼす小さなルールはいくらでもあります。


髪の毛の色という、プライベートな領域に踏み込む可能性のあるルールを遵守させることにしゃかりきになるんじゃなくて、生徒がコントロールできるルール設定やその遵守に意を用いるべきです。



生徒の身体的に特徴の矯正に及ぶルール設定はダメだけれど、秩序維持のための厳しいルールは必要

ということですね。


今回の事件もそのような観点から、問題解決の糸口につなげられるのではないでしょうか。



それでは最後までお読みいただきありがとうございました。

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